5月、佐賀県武雄市の山あいにはウグイスの声が響いていた。10年前、学業を終えて就農のため実家に戻る江口竜左さんを迎えるため、父達郎さんが竹林に覆われた耕作放棄地をひとりで開墾した場所だ。今、そこには11棟のハウスと6反の露地畑がふんわりとした土肌を見せて並び、あの独特の香りを漂わせている。武雄市特産「たけおパクチー」、畑は年間6〜7トンを生産するほど順調だ。
江口竜左さんは20歳で就農した。 「父方・母方のどちらの祖父も農家。父方は近所に野菜を配る社交性にとんだおじいちゃん、母方は寡黙に黙々と仕事をこなすおじいちゃん。対象的なふたりに可愛がってもらい、ぼくも祖父たちを尊敬していた。農業に就くのは自然なことでした」
父達郎さんもその気持ちに応える。49歳で農協を退職して専業農家へ転身。同時に福祉施設を立ち上げると、就労支援の一環として障害者を農園の作業チームに迎えるなど、先を見据えた経営環境を用意し、竜左さんを待っていた。
「父からは農業は休みがないものと教えられた。でも、それはちっとも苦じゃなかったし、どちらかといえば楽しいこと。ただ、こだわって作るぶん、生産したキュウリや米の評価が気になりました。そんな時に武雄市役所からパクチー栽培の提案があったんです」
自作野菜の評価を聞くべく、あちこちの店頭販売に参加するうち、ほかの生産者や農園、それらの作物がブランドになっている例を竜左さんはいくつも目撃する。
「ぼくもそんな野菜を育てたい。作物がブランドとして普及して行くところに魅力を感じました」
そこに現れたのがパクチーだ。
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