小さな豆腐店が町から消えていく一方で、伝統を守り継ぎながら、新たな挑戦を続ける店がある。「ざる豆腐」発祥として知られる唐津の『川島豆腐店』をはじめ、豆腐界に新風を巻き起こす話題の店から保存レシピまでご紹介。豆腐の"今"を知れば豆腐がもっと好きになる。
取材・文/宮崎由希子 撮影/藤田孝介、長田兼宗
絹ごしや木綿、厚揚げなどとともに陳列棚に当たり前に並ぶ「ざる豆腐」。これが佐賀県唐津市で生まれたことを知ったときは驚いた。生みの親は、寛政年間創業の『川島豆腐店』9代目当主、川島義政さん。 それまでの常識を覆し、水にさらさない豆腐を作り上げた革命児、そのご本人に今回お会いできることになった。いろいろお聞きしたいことはある。しかし何はともあれまずはこれ、「ざる豆腐」はどうして生まれたのか。すると、川島さん、豪快に笑いながら一言。 「水にさらさん方が、美味しかけん」 至極、明快! 食べることが好きで、常に「もっと美味しい豆腐づくり」を考えているのだという。そんな川島さんだがすぐに家業を継いだわけではなかった。 「私が中学生の頃から、なぜか父は豆腐業界に未来はないと言っていて。それで、当時唐津で一流と言われていた鉄工所に応募したら受かってね。でも働いてみると面白くなかった。これなら豆腐を作っていた方がまだマシだなって」 19歳から2年間福岡の豆腐店で修業を積み、実家に戻った。スーパーに営業に行くと特定の豆腐店が値段をつけることはできず、どの豆腐もみな一律。200年余りの豆腐DNAを受け継ぐ9代目に火がついた。 「うちにしかないうまい豆腐を作って自分で値段をつけてやる!」
「ざる豆腐」の構想は意外にも早く浮かんだ。まず目をつけたのは、"水にさらす"工程。通常、本にがりを打って固まってきた豆腐を型にいれ、冷却のために水でさらすのだが、これが旨味を逃しているのだと気づいた。ならば、水にさらさない方法を考えよう。ふと頭をよぎったのが、ある島で伝統的に行われていた、竹ざるを使った豆腐づくり。竹は殺菌効果もあるし、ざるの目から豆腐の余分な水分が自然に抜け、大豆の風味が凝縮される。水にさらす本来の目的である冷却なんて、このご時世、冷蔵庫というものがある。 美味しさへの追求はさらに続いた。今度は口当たりを改善すべく、豆乳の温度に着目。豆乳が固まるギリギリの温度まで下げて本にがりを打つことにした。そしてついに誕生したのが、なめらかでコクがある、チーズのような「ざる豆腐」である。 「実は、美味しい豆腐づくりの裏テーマは"ワインに合う"なんだ。理由? ワインが好きだから」
豆腐の原料は、大豆と水と凝固剤の役目となる少しのにがり。豆腐づくりを極めると、大豆に行き着くのは当然のこと。有機農法とはどんなものだろうか? 大豆で無農薬栽培は可能だろうか? そう思った川島さんはなんと自ら畑を作り、農業を始めた。 「農業を知らずして、農家さんと話せないからね。まず自分でやってみることにしたんだ」 場所は、寒暖差があり、水はけもよい唐津市相知町。10年以上農薬や化学肥料を使っていない土を使い、植物の生育に適した弱アルカリ性にした。肥料はぼかし。完全な有機栽培に成功した。すると最初は難色を示していた農家も次第に耳を傾け始めた。今では唐津のみならず、佐賀県内で多くの農家が、川島豆腐のために有機栽培で大豆を育てている。農薬を使うことが当たり前だった15年ほど前のこと。川島さんが佐賀の農業の意識を変えたと言う人も少なくない。 川島さんが家業を継いだころは唐津市内に20軒ほどあった豆腐店も今や『川島豆腐店』のみという。 「豆腐業界に限らず個人商店は生き残りが難しいからね。これからもうちは美味しい豆腐づくりを続けるだけだよ」 ちなみに、何か新たな挑戦があるのか聞いてみた。 「あるある! 最近発売した、レンジでチンして作る豆腐。豆乳とにがりがセットになったものだけど、できたてが楽しめるし何より楽しい」 さすがは9代目! 現状に満足せず常にチャレンジを忘れない。次なるは"楽しい豆腐"という。"豆腐は家で作る"時代も近いかもしれない。
川島豆腐店
住所:唐津市京町1775
TEL:0955-72-2423
営業時間:8:00〜18:00
定休日:日曜
豆腐料理かわしま
営業時間:1日4部制の完全予約制(8:00〜・10:00〜・12:00〜・14:00〜)
定休日:日曜
席数:10席
MENU:朝ごはん1620円・2160円・2700円 ※夜は会席料理5400円〜
事前予約で、豆乳から始まる朝ごはんが楽しめる。朝8時の予約なら「ざる豆腐」はできたて。写真は1620円コース。
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